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琉球国初代王・舜天〈27〉猿田彦の神面

 琉球には家の祖神の仮面を祀る習俗があった。

琉球から去った父を慕って泣く舜天(尊敦)を
慰めるため、側近が作り屋敷の柱に掲げたという
為朝の「仮面伝説」は、後年、舜天の子孫が
安里八幡宮に神体として移したところ、薩摩の
  僧が持ち去ってしまったという結末になっている。

   失われた仮面が、安里八幡宮に祀られていた理由は、
   舜天の子孫が仮面の形相を恐ろしがったからという。
  つまり、鬼面のように怖い為朝の仮面は、八幡宮の
   創建(1466年)前は家に祀られていたことになるか。

と思いきや、
   安里八幡宮は元々、仮面を祀る面殿(ミンドゥン)
   だったという小島瓔禮琉球大学名誉教授による説が
    ある。仮面は面殿から社殿に祀り直したのだろうと。
    仮面信仰は、安里八幡宮の創祀よりも古いとの考察だ。

   実は南九州にも、仮面信仰は古い時代からあった。

   霧島神宮(霧島市霧島)で行われるメンドンマワリ
  とは、霧島神宮の摂社・猿田彦神社の御神体である
   神面を、神官が背負って神宮境内を廻る巡行祭という。
   先住神の顔を象った仮面は神そのものとする文化だ。


 昨年の11月に参った霧島神宮の「一の大鳥居」。
社殿に向かって北東の方向に高千穂峰が聳えている
琉球国初代王・舜天〈27〉猿田彦の神面_a0300530_14243246.jpg








猿田彦命の神面を祀る猿田彦神社は、↑大鳥居
 と逆側に位置する霧島神水峡の先に鎮座している。
 その地は、猿田彦命と天鈿女命の屋敷跡とも伝える。


霧島市HPより拝借した猿田彦巡行祭の様子。
3人目の神官が、猿田彦命の神面を背負っている
琉球国初代王・舜天〈27〉猿田彦の神面_a0300530_14224979.png






ところで、古代仮面文化の色濃く残る南九州の仮面
を分類すると、何種類かのタイプに分かれるようだ。

 主なものは猿田彦命のような天狗系の「鼻高面」で、
鼻高のなかでも、目の飛び出たタイプが「王鼻面」。
それが大型化したのが「弥五郎どん」の仮面となる。
※『南九州の仮面〜祈りと願いの世界』解説より

仮面の分類で考えるなら、隼人の首長と伝承された
 「弥五郎どん」とは猿田彦命と同神ということになる。


霧島面「猿田彦」
※高見乾司・著『九州の民族仮面』より拝借
琉球国初代王・舜天〈27〉猿田彦の神面_a0300530_16174730.jpeg




「弥五郎面」
同じく『九州の民族仮面』より拝借した
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南九州の旅の後、ブログ「甑島の神功皇后」に、
そう言えば、次のようなことを書いていた。

〜歴史は神功を仲哀天皇の妃、応神天皇の母としたが、
一説には、南九州で今も祀られ崇められている
隼人の首長・弥五郎どんは竹内宿禰のこととされ、
朝廷に抗戦した隼人の守護神は神功の妹・桂姫だとも。
さらに久高島の「ウッチ小(グァ)」と関係するなら、
その一族とは、南島と大陸を繋ぎ大海で活躍した隼人? 〜
 
猿田彦命と、弥五郎どんと、アマミキヨ。
物言わぬ神々の面相が、いま何かを訴えかけてくる。

# by utoutou | 2022-06-12 19:46 | 琉球王 | Trackback | Comments(1)