六甲山と瀬織津姫 174 箕面大滝を遡った一族?

勝尾寺(大阪府箕面市勝尾寺)。山号は応頂寺。
高野山真言宗の寺院、西国三十三所の第二十三番所。

栞には、「勝運の寺 勝尾寺(かつおじ)」とある。
縄文時代より霊山として崇敬された歴史ある山という。
〜当山は大阪平野の真北にそびえ数千年の昔より
山自体の持つ霊力と、1300年念じ込んで来た念力により
無類の聖地として崇拝されてきた。〜


この日は、阪急牧落駅あたりを車で出発、
一駅隣の箕面駅前から右折して北へ進み、箕面大滝を散策。
さらに大滝から約3㎞、車でカーブ続きの林道を登ること5分
で、勝尾寺に着いた。8万坪ある境内はまるで聖地公園。
境内はどこも整備完璧で美しく、萌える新緑が目に眩しい。
全山が紅葉に包まれるという秋には参詣客で賑わうという。

〜奈良時代初期(727年)、善仲、善算両上人が山中に草庵を
構え光仁帝皇子・開成(桓武帝異母兄)が、両上人を師と
して仏界を求め、天平元(765)年、弥勒寺を開創。〜


御本尊は、十一面千手観音菩薩。
妙観という観音化身の比丘と18人の仏師が彫刻した。
全国観音縁日が18日なのは、この縁起によるという。
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本堂への順拝路には、三宝荒神も祀られている。
日本で最古の荒神様。1300年前に勝尾寺の初代住職
が瞑想中に感得したのが、創祀の由来という。
「厄難を払う」荒神様として、全国からの参拝者多し。
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境内いたるところに勝ダルマが奉納されていたが、この
荒神堂のダルマが、もっともインスタ映えすると思うと
語り合っていたら、栞にも↓これと同アングルの写真が。

勝ちダルマは、勝運信仰のシンボルだ。
〜当山仏法の祈願力には朝廷の権力も及ばなかった
ことから、王の勝つ寺「勝王寺」と清和帝が号した。〜
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さて、さきほどの本堂前に話は戻って…。
本堂に参拝して振り向くと、玉垣にもダルマが並ぶ。
高度はかなりあるらしく、一陣の風が通り抜けていく。
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そのまま目を転じると、鐘撞堂が凛として見える。
するとまた擬宝珠(ぬぶしぬ珠)が視界に入る不思議。
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それにしても、私は何をしに箕面に来たのだろうか。
一体この旅でアマミキヨ族の足跡に出会えるのか…。

下山して箕面駅でMさんらと別れ、
今度は箕面川の滝道を瀧安寺へと向かって登る。
歩きつつ語り部に電話すると、逆に質問がきた。

「箕面川の源流はどこにありますか?」
「箕面ダムじゃないですか」
「さらに源流まで遡ると、どこですか?」
「はあ。いまは歩いているので調べておきますね」

あれから旅は続き、3日後に東京に帰って日常に戻り、
最初の週末であるきょう、「源流」を知って驚いた。

箕面川の源流は、大阪府豊能勢郡豊能町高山。
ただしその山上部では、余野川が箕面川に合流する。
さらにその山上部では、牧川が余野川に合流している。


牧川…? 大阪府豊能勢勢郡豊能町「牧」の地名もある。
マキとは、先日来注目している、琉球古代集落の名前。
阪急バス路線物語というブログには、バス停の画像も。
牧バス停は、能勢妙見山へと登る山口バス停の隣だ。
そして牧は、山間を走るバス路線の終点。

この大阪平野の真北にあたる、険しい
山間部に北極星(にぬふぁぶし)を祀ったのは…
古代、この地に渡来したアマミキョ族ではなかったか?
しかし、箕面川に大滝がある以上、遡ることはできない。










# by utoutou | 2018-06-03 21:23 | 瀬織津姫 | Trackback | Comments(0)