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琉球玉依姫〈24〉媽祖(まそ)の宮

沖縄は、例年より早く梅雨が明けたそうだ。
那覇にいたあの日からもう1ヶ月が経つが、
梅雨入り前なのに明けたような快晴の日だった。

若狭にある人気食堂で「朝ごはん」を食べた後、
近くを散歩しようとして、足が向いたのは、
波の上ビーチ。お昼前なので人出はそう多くない。

正面の巨岩の上に、波の上宮の屋根が見える。
一般人は入れないが、右の突端は龍宮神の御嶽
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 波の上宮、そして御嶽への遥拝所でお参りする
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往古の海岸と、若狭町の村拝みの場所の案内
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波の上宮を出て天尊廟・天妃宮で足が止まった。
蔡温も久米(閩人)三十六姓だったと思い出す
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あの日は、「尚円王妃おぎやかは誰?」という
 素朴な疑問が、頭に引っかかっていた気がする。

 初代王・舜天からアマミキヨの勢力は数多あった。

そして政変は繰り返され、琉球尚氏第二王朝の初代王
に尚円が就いたが、その没後、正妃おぎやかは王の弟
・尚宣威を、王座から引き摺り下ろすことになる神事
  を企てたとされる。そのため「おぎやかは尚円金丸に
 送られたハニートラップ(※過去ログ)」と考えた
 わけだが、ならば妃の背後の一派とはいったい何者?

…というようなことを考えつつ、お宮へと進んだ
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天妃=天上聖母。宋で生まれたという航海守護の神。
久米三十六姓が伝えたその女神の名は媽祖(まそ)。
しかしその神名を、あの日の私はうっかり忘れていた
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翌々日、語り部の口から「まそ」という神名が
降りるまで気づかなかった媽祖、というか天妃
 について、『沖縄大百科事典』はこう記している。

(要約)

☆航海を守護する神。中国で発生した媽祖信仰の
〈媽祖〉の尊号。天后ともいう。
☆媽祖は10世紀後半に福建省莆田県地方にいた
巫女で禍福の予見に長じていたため、死後、その
霊力を信じた人々が廟を建てて信仰した。
☆信仰が広まるにつれ、同地方に多かった航海業者や
  船乗りたちの航海守護神と習合し各地区に広まった。
 ☆航海の際に媽祖像を奉安することは、王朝時代の
沖縄でも、行われ…(後略)

いまは、こんなことを思う。
 媽祖は10世紀後半に生きた巫女だったという。
北宋の時代である。媽祖亡き後、その信仰を琉球に
 伝えたのは明の時代の久米三十六姓とされるが、
没後400年以上は経っている計算になる。もっと
早くから伝わっていたという話はないのだろうか?















# by utoutou | 2024-06-22 10:24 | 最終章 | Trackback | Comments(9)